昨年、少し関わったプロジェクトに、震災20年 神戸からのメッセージ発信」事業といったものがありました。


神戸市が神戸のこの20年の経験を一つの財産として、復興都市として世界に発信していこうという周年事業の一つ。





そしてそのサイトで昨日16日に神戸のロゴとして公開された「BE KOBE」の文字。

「BE ◯◯」って、「BE AMBITIOUS!」(勇者であれ)という言葉でも有名ですが、「◯◯であれ」。という意味。


はじめ、"KOBE"は都市を意味すると思っていたけれど、それは違った。
このロゴに続くコピーにあるのが、「神戸の魅力は、山より、海より、人でした」という言葉。

実は私も今回の仕事にともない、神戸の20年を調べて行く中で都市の復興の裏にある人の感情が集まって、都市が感情を持って歩んできた20年のように感じていました。






実際、今回ご縁でこの仕事に携わったのですが、私は今28歳で20年前の今日は8歳でした。テレビの映像などは覚えているものの、"神戸"や"関西"という行ったことのない、どこかの街で起こっているという、そんなくらいでしかなかった。


それから1〜2年の間に、通っていた小学校にも、何人か神戸から引っ越してきたりして少し身近に感じたものの、この20年間に阪神淡路大震災から受けた影響はほとんどなく。



そんな私が、仕事としてあらためて(ほぼ初めて)ちゃんと向き合った神戸の街には色んな人が生きていて、あたりまえだけどこの20年間にたくさんの生活がありました。


それはそれは一言ではあらわせないほどの。

でも、一つ感じたのは、復興都市神戸はもはや自分たちの力で立っていて、発信するフェーズに来ていること。


中々身近に感じづらい、物理的、精神的距離を持つ自分のような人間は、毎年この時期がきて、ニュースなどで追悼セレモニーを見るたびにちょっとセンチメンタルになって分かったような気になって。



でも、もはや神戸は被災した経験や復興して来た実績をきちんと体系づけて発信する側まで成熟してきている。実は知らない間に、置いていかれていたのかもしれないということ。一年に一回、私たちもセンチメンタルになって心を寄せた気になるだけじゃなくて、神戸から学べることをもっと吸収する、ちゃんと日常に落とし込む、そんなフェーズに突入しているのかもしれない、そう感じたのでした。


16日のNHKの朝イチで登場した神戸の高校生は当時まだ生まれておらず、阪神淡路大震災は授業で広島や長崎の原爆と同じようにして学び、一つの歴史の知識として得てきていると言っていました。


それは、生まれていないのだからあたりまえ。
これからはもっともっと実感値として知らない人が増えるでしょう。


でもそんな時、必要なのはあらためて感傷に浸ることではないのかもしれない。
今後、予防できない自然災害が起きるとき、その後にきちんと活きるよう、神戸が地震大国日本に、そして世界に伝えようとしている経験やそこから得た知見を、ちゃんと受け取り、次にどこで地震が起きてもおかしくないような、神戸や東北とつながる一本の細い島国の市民として、世界に先駆けて学んでいくことなのかもしれません。




私が関わったのは言うのもおこがましいほどのほんの一部ですが、誰が関わったかなんてどうでもよくて、私みたいに阪神淡路大震災とそれからの20年をよく知らなかった人たちが見て、聞いて、何かを感じるためのプロダクトが一つ、生まれたことをお伝えできればと。


誰かが神戸を知る、感じるきっかけになるとよいなと思っています。



今日で20年という一つの通過点を迎えた神戸に心から尊敬の念を込めて。






yucco

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